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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和52年(ネ)46号 判決

控訴人 中屋久憲

被控訴人 フクビ化学工業株式会社

右代表者代表取締役 八木熊吉

右訴訟代理人弁護士 藤井剛士

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「1原判決を取消す。2被控訴人が昭和五〇年一〇月二一日発行した四五〇万株の新株発行を無効とする。3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

《以下事実省略》

理由

第一  本案前の抗弁について

控訴人が当初本件訴状により本件新株発行に基づく資本変更の登記を無効とする判決を求め、その後昭和五一年七月一三日午後一時の本件原審第三回口頭弁論期日において右請求の趣旨を変更し、本件新株発行を無効とする判決を求めたことは本件記録上明かである。

ところで、被控訴人は本件新株発行を無効とする右変更後の訴は商法第二八〇条の一五所定の出訴期間を徒過した違法のものであると主張する。

新株発行による資本変更の登記を無効とする請求は新株発行の不存在を原因とする場合或は新株発行手続に法令または定款違反があって新株発行全体が無効であることを原因とする場合等が考えられて、新株発行による資本変更の登記を無効とする訴と新株発行を無効とする訴が必ずしも同一でないことは明かである。

しかし、本件訴状では、控訴人が請求の趣旨として資本変更登記を無効とする判決を求めているのにかゝわらず、冒頭に「新株発行無効確認事件」と題書しており、また、右登記を無効とする理由として主張するところは本件新株発行手続に一連の違法があるため新株発行が無効であるというにある。

そうすると、前記訴状をもって提起された訴は前記請求の趣旨はとにかくとして、それはまさに本件新株発行を無効とする判決を求める前記法条にいう訴と解することもできる。従って、控訴人の前記第三回口頭弁論期日においてその請求の趣旨を変更したのは、当初の請求の本旨を明かにしたものと解するを相当とし、本件訴が本件新株払込期日の翌日である昭和五〇年一〇月二一日から六ヶ月以内の昭和五一年四月一五日に提起されたことは記録上明かである以上、控訴人が本件訴をその出訴期間中に提起して本件株券発行無効の判決を求めたものというべきである。

従って、出訴期間経過の妨訴抗弁は理由がない。

第二  本案について

一、控訴人主張の事実については被控訴人が第三者に特に有利な価額で新株を発行したとの点を除き、当事者間に争いがないので、まず本件新株発行のうちの株主割当にかかる三一五万株についての控訴人の主張の当否につき判断する。

(一)  資本準備金の資本組入に伴って新株を発行する場合に、いわゆる抱合せ増資の方法をとることはいわゆる並行増資の方法に比し自己資本が減少し、資本充実の原則に反し無効であるとの主張は、控訴人の独自の見解によるものである。

商法第二八四条の二第一項にいう会社の資本は法定手続により定められ、かつ、法定方法により公示される一定の数額であって、会社財産を会社に保留させる最少限度を示すものということができるところ、資本充実の原則は右資本に応じた会社財産を会社に確保することを目的とするもので出資払戻の禁止、利益配当の制限、法定準備金の積立、額面株式の額面以下の発行禁止、株金払込についての株主からの相殺禁止等に具体化され、それは物的会社である株式会社の基礎の安全に欠くことができないことである。

もっとも資本の語は前記趣旨のみに用いられるものではないが、資本充実の原則とはまさに前記説示の趣旨以外にはなく、控訴人の主張する趣旨は当裁判所の採らないところである。

それのみではなく、いわゆる抱合せ増資の方法による新株の発行は商法第二八〇条の九の二に明定されたものであり、これによったこと自体をもって新株発行無効の理由とする控訴人の主張は採用できない。

(二)  次に、いわゆる抱合せ増資はまず資本準備金を資本に組入れ、しかる後に新株を発行するという方法によらねばならぬのに、被控訴人が資本準備金の資本組入日を払込期日の翌日としたことは違法であるばかりでなく、払込期日において発行価額が充たされておらず、資本充実の原則にも反し無効である旨の主張について検討する。

思うに、商法第二八〇条の九の二第一項に定める「準備金ヲ資本ニ組入レタル会社」とは既に準備金の資本への組入れの効力の生じている会社のみをいうものではなく、遅くとも当該抱合せ増資による新株発行の取締役会決議がなされると同時かそれより前に、当該新株の有償部分の払込期日の翌日の午前〇時かまたはそれより前に効力の生ずる準備金の資本組入れの取締役会決議がなされている会社をも含むものと解するのが相当である。そのように解したところで右のような会社では新株が効力を生ずるのと同時かまたはそれより前に準備金の資本組入れの効力は発生することになるので、資本充実の原則が害される虞はなく、他に支障もないのに対し、実際上準備金の資本組入れと同時に抱合せ増資を行なおうとする会社にとって便宜であるからである。

本件についてこれを見ると、被控訴人において昭和五〇年六月二三日開催の取締役会において本件新株四五〇万株を発行し、そのうち三一五万株については株主に引受権を与えるとともに発行価額は一株につき券面額五〇円、払込額四〇円、払込期日昭和五〇年一〇月二〇日とする一方、資本準備金の一部三一五〇万円を資本に組入れる、組入日を同年一〇月二一日とする抱合わせ増資の方法による新株発行の決議がなされたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば払込期日に右決議のとおりの払込がなされたことが認められるから、本件新株のうち株主に引受権が与えられた三一五万株について商法第二八〇条の九第一項により新株発行の効力の生じた同年一〇月二一日に準備金の資本組入れの効力が生ずる旨の決議が抱合せ増資の方法による新株発行の決議と同時に取締役会においてなされており、同法第二八〇条の九の二第一項に違反するものではなく、資本充実の原則に反するところもない。

よって、控訴人の右主張も失当である。

二、また、被控訴人が株主総会の特別決議を経ることなく発行価額一五〇円という特に有利な価額で第三者に一三五万株を発行したことは、商法の定める手続に違反した無効のものであるとの主張について判断するに、第三者に特に有利な価額で新株を発行する場合には株主総会のいわゆる特別決議を経なければならないが、右の新株発行が右特別決議を経ることなくなされたとしても新株発行自体は有効であると解するのが相当である(最高裁判所昭和四六年(オ)第三九六号、同昭和四六年七月一六日第二小法廷判決、最高裁判所裁判集民事第一〇三号四〇七頁参照)。

従って、その余の点について検討するまでもなく、控訴人の前記主張は失当である。

三、そうすると、本件新株四五〇万株の発行についてこれを無効とすべき瑕疵は認められず、控訴人の本件請求は理由がない。

第三  よって、控訴人の本件請求を棄却した原判決は正当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡悌次 裁判官 富川秀秋 西田美昭)

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